形あるモノを所有する、形なきモノを所有する。

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形あるモノを所有する、ということについて、ここ数年でずいぶん意識が変わったんだなあ、と実感することが先日ありました。

会社にiPhoneを忘れて帰路についてしまい、電車移動中になんとも手持ち無沙汰で、かなり久しぶりに本屋さんに入りました。最近はめっきりiPhoneで電子書籍ばかりで本を読んでいて、紙の本は展覧会で図録や専門書を買うくらい。その時の気分に合った本をさっと読み出してすぐ読める、あるいは、広告でたまたま見かけて気になった本をその場で買ってすぐ読める電子書籍は、私の性格やライフスタイルにかなりぴったり合っているので、重宝しています。私にとって電子書籍の良さはこのくらいだと思っていたのですが、本屋さんで本を眺めていて、さらに重要なことに気づいてしまいました。

 

というのも、「質量をもった物体としてのモノを、買い、所有し、生活空間に加えることの重さ」を、はじめて文庫本に対して感じ戸惑い、何も買うことができなかったのです。はじめて本屋さんに並ぶ文庫本や漫画本や雑誌をプロダクトとして意識しました。これまでそれらの本は私にとって「本」という独立したカテゴリに属するものであったのに、今それはもっと広汎な「プロダクト」カテゴリの中に収まりました。つまり本と雑貨が同じフィールドに置かれたということです。その瞬間、「本屋さん」は「雑貨屋さん」になりました。「ああ、価値観がガラリと変わったのだ」としばし呆然と立ち尽くしてしまいました。見える世界が全く違ってしまったのです。これは実に楽しく愉快な経験でした。

再構築

価値観の再構築のイメージ(自室)

私の場合、電子書籍はとにかくどんどん本を買い、どんどん読みます。少しでもおもしろそうと思えば迷わず買って読んでみます。それは、「もしおもしろくなかったり好みじゃなかったら、『端末から削除』ボタンを1回押すだけでいい」と頭の片隅で思っているからです。そこには、図書館に寄贈したり、もらってくれる友人を探したり、最悪の場合ヒモで結わえてゴミ捨て場に運ぶ、といった手間がありません。モノを所有するということには責任が伴います。電子書籍は、その存在の軽さと同じように所有にまつわる責任が少ない。それが手軽さの所以であり最大のメリットですが、その分付き合い方もやはり軽いものになるな、というのが私の実感です。その証拠に、「これはいい!」と思った電子書籍は、紙の本で買い直しています。

 

私に限らず、世間的にも、形あるモノを所有することに対して、以前よりも慎重になっているかもしれません。あるいは、厳しく審査するようになっているように思います。すなわち、モノに対して真剣に向き合うような風潮になっている。これは、作り手側/売り手側としては、とてもうれしい、本当によろこばしいことです。いかによいか、どう素晴らしいか、じっくり吟味してもらえる。淘汰されるものもたくさんあるでしょう。でも大丈夫、よいものは残っていきますから。2千年以上の時を経てなおソクラテス哲学を私達が学べるように。

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雑貨も本も同じフィールドで扱いますよ。
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