映画「ラスト・ディール」、博打人生の愉しさと愚かさ。

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フィンランド映画『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』を試写で拝見しました。主人公は、年老いた美術商オラヴィ。仕事一筋で生きてきた彼の最後の大勝負と、その血沸き肉躍る「賭け事」に夢中になって生きてきた陰でないがしろにしてきた家族との関係に焦点を当てた、美しい作品。決して甘いハッピーエンドではないけれどある種美しく、人間らしいラストに頭がいっぱいになって、しばらく席から立ちあがれませんでした。

 

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観る人によって、さまざまな感じ方のできる作品だと思います。美術商という職業はあまり一般的ではありませんが、私は主人公オラヴィに親近感をとても強く感じながら観ていました。

 

私は北欧の雑貨の買付をして、お客様に販売しています。この世の数多のプロダクトを前にして、「どんな商品なら喜んでもらえるのか」「どうやって手に入れるのか」「誰に届けるのか」を考えています。商品を探す時はさながらハンター。よい獲物を手に入れるには、目利きの能力が必要です。それは美術品を扱うオラヴィもいっしょです。しかし目利きには情報収集力も不可欠。そこに、時流に乗れず負い目を感じているオラヴィのつらさもよくわかります。

 

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とあるキャンプ場オーナーの方とお話をしていた際に「物を売る商売というのは博打ですよね、私にはとてもできない」と言われたのを思い出していました。博打という表現がとてもしっくりきたのをよく覚えています。ずっと何か仕入れる時は「賭け」の感覚がありました。でも賭け勝負に負けたくないから、なるべく勝率が上がるように様々な努力をするのです。その賭けが、まだ誰もその価値に気づいていない商品である場合、期待と不安でドキドキします。そのドキドキが苦手な人は賭け事からは距離を取るのだろうと思います。私はね、結構好きなんです。そしてオラヴィもそう。この映画の題材である大勝負に、さぞ血沸き肉躍ったことでしょう。そして彼の孫オットーも間違いなくそのタイプです。オラヴィの娘でありオットーの母であるレアはどうでしょうかね……好きかどうかはわかりませんが、たとえ好きであったとしても家族を守るために賭けをせず堅実に地に足をつけて生きている人だと思います。それがオラヴィとの決定的な違いです。立派な人です。

 

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オラヴィの家族を顧みないところは本当にひどくて心が苦しくなるのですが、でも一方で、彼が一生を捧げた芸術への愛が報われた瞬間は、どうにも涙が溢れて止まらなくなってしまいました。肖像画に画家の署名がない理由が明らかになったシーンです。美しいんです。

 

複雑な気持ちです。家族だったらたまらないだろうなとウンザリする気持ちと、ハンターとしての最大の功績への称賛の気持ちと、「そうやって生きられたら幸せだよなあ」とある種憧れる気持ちと、芸術に内包した愛と、さまざまがぶつかりあって頭がショートしそう!頭と心を整理するのに少し時間を要しました。いつの間にか、オラヴィだけでなく彼の娘であるレアにも大いに感情移入していたようで、それは一人の人間とその家族について丁寧に描かれた映画であることの証左といえましょう。怖いのは、私自身が本来はオラヴィの側の人間だということ。他人事ではないのがヒヤッとしました。情熱は燃やしながら、家族を苦しめないよう生きていかねばと身の引き締まる思いでした。

 

カトー

 

© Mamocita 2018

『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』
2018年/フィンランド/シネマスコープ/95分/フィンランド語・スウェーデン語・英語/英題:ONE LAST DEAL
2020年2月28日(金)
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか公開

監督:クラウス・ハロ『こころに剣士を』、『ヤコブへの手紙』
脚本:アナ・ヘイナマー
出演:ヘイッキ・ノウシアイネン、ピルヨ・ロンカ、アモス・ブロテルス
後援:フィンランド大使館
配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス