『アダムズ・アップル』、ポジティブシンキングな我々へ。

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はじめて『アダムズ・アップル』を観たとき、「これは私のことを描いた映画だ…」と放心して、しばらく席から動けなかった。それ以来、主人公のイヴァンはずっと私の中に住み着いている。

黒い服がイヴァン、中央がアダム。

↑右から2人目の黒い服がイヴァン、中央がアダム。

「物事をポジティブに捉える」というのは、誰でもが行うことだ。主人公のイヴァンは、この「ポジティブに捉える」のと「見たいと欲した現実しか見ない」を凄まじくドライブさせて出来上がった人間で、同じ事象を目の前にしながらも彼の目に映るのは極めて異質な世界だ。見た目は自分と同じ人間だし、使う言語も同じなのに、その内側はまるでエイリアンのように自分とは異様で、彼の中で何が起きているのかうまく想像ができない。私が恐ろしさを感じるのは、誰もが日常的に息を吸うように自然に行うポジティブシンキングを加速度的に極めていった果てには、こんな風にエイリアンになってしまうのか、ということだ。驚愕する一方で、やっぱり人間てそう単純じゃないんだな、とホッとする気持ちも確かに湧く。

悪いことより良いことを考えるほうが楽しいので、すぐポジティブシンキングになってしまう私は、イヴァンになる可能性がたっぷりある。ポジティブシンキングが善といわれているこの世には、私以外にも私のようなイヴァン因子のキャリアがものすごくたくさんいるに違いない。この世のポジティブシンキングなみんなたち!この映画は私たちのために描かれていますよ!

さて。
では、この映画は私たちに対し、何を伝えたいのだろうか?
アダムによってさんざん鳴らされた警鐘は一体なんだったのか?
私たちの分身たるイヴァンは、果たしてこの先どう生きていくのか?

私たちはこの恐ろしい種を抱えながら、どう生きていけば幸せになれるのか?

イェンセン監督はひとつの答えを描いてくれた。それをぜひ観てほしい。How deep is your love? と歌う彼らは、他人がどうこう口をはさむべくもなく、絶対的に幸せだ。アダムがいてくれて本当によかった。

本当にそうなんだけれども、では、アダムがいない我々はどうしたらいいのでしょうね?
それはもう自分で考えて、アダム並に七転八倒しながら試行錯誤を繰り返すほかない。どんな答えが見つかるのか実に楽しみですね。……いや、やっぱりどうしてもポジティブシンキングになっちゃうな。

カトー

映画 『アダムズ・アップル』
© 2005 M&M Adams Apples ApS.
配給・宣伝:アダムズ・アップルLLP
公式サイト https://www.adamsapples-movie.com/
10月19日(土)より新宿シネマカリテほかロードショー