『ウトヤ島、7月22日』、ノルウェーの抱える痛みと希望

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「ノルウェーといえば?」と訊かれたら、ベルゲンの美しい街並を思い浮かべながら、「幸福度ランキング上位の常連で、フィヨルドに代表されるような豊かな自然に恵まれ、ウィンタースポーツで世界トップクラスの選手を多数輩出し、ノーベル平和賞授賞式が行われる国」と今まで答えていた。

現地の仕事のパートナーたちを思い浮かべても、みんな少しシャイだけれど誠実で忍耐強く、そして家族を大事にしているのが印象深い。そのノルウェーが抱える社会問題に今まではほとんど思いを馳せたことがなかった。ただ、ネットニュースで時折ノルウェーの投票率が70%を越えることや、若者が熱心に政治に参加することは見聞きしていた。私よりもうんと年下のある若い党首は彼自身がこれだけ政治に熱心であることの理由のひとつに、テロ事件に友人が居合わせたことを挙げていた。社会をよりよくするために着実にアクションを起こしていて見習うべきことが多い国だなあ、とぼんやり考えていた。まさかその理由として挙がったテロ事件が、こんなにも凄惨であったとは、考えてもみなかった。

ノルウェー人監督エリック・ポッペにより製作された映画『ウトヤ島、7月22日』は、2011年7月22日にノルウェーで起きた無差別銃乱射事件を題材にした作品だ。実際に事件発生から収束までに要した72分間に起きたことを「つぎはぎなしのワンカットで撮影する」という手法で描くことにより、観る者にヒリヒリとした臨場感が引き起こし、知らぬうちに息が浅くなる。

ここには、瞬時に真相を見抜く名探偵も、一突きで岩をも砕く怪力の持ち主もいない。上から島全体を俯瞰できる空を飛ぶ者もいない。困難な状況を劇的に打破するスーパーヒーローの登場を期待しても、そんなものはいないのだ。

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カメラが冒頭からずっと追う「カヤ」という子は、この島に集った若者たちを象徴する人物像なのだろう。賢くて、誠実で、たくさんの友人がいて、討論が好きで、国の未来を考え議員になることを目指している。力まずに伸びた背筋や静かで力強い目線が印象的だった。はぐれた妹を捜しながらも、出会った年少者や負傷者には躊躇なく駆け寄りできうる限りのケアを行うなど、常に他人のために動いている。恐怖に耐える強い心と責任感を持つこの立派な人物は、将来間違いなく国を支える力となるだろう。

そんな彼らを凶弾が貫く。未来が憎しみで潰される。

錯綜する情報、鳴り響く銃声、入り乱れて逃げ惑う人々、状況を把握するつもりがかえって煽られる不安、切れるほどの緊張。一人称で感じる恐怖。嫌でも噛み締めさせられる無力感。

これほど残り時間を気にした映画はない。「この悪夢はいつまで続くのか?永遠に終わらないのではないか?」

そう、これは映画だから、いつか終わるのだ。なんと幸福なことか。しかしこの事件に潜む社会問題は、現実に我々の隣に、確かに存在している。

単独犯としては史上最多の犠牲者を出し、ノルウェーにおける戦後最悪の大惨事となったこのテロ事件の背景には、ノルウェーの抱える社会問題が深く根ざしている。

1人の極右思想のノルウェー人、アンネシュ・ベーリング・ブレイビクによって引き起こされたこの凄惨なテロ事件の端を発したのは、午後3時17分。首都オスロの政府庁舎前に仕掛けられた爆弾の爆発による破壊により8人が亡くなり、さらにオスロから北西に40km離れたウトヤ島での銃乱射により69名の若者が亡くなった。当時の日本でももちろん報道されたが、事件の詳細やその背景についてはよくよく語られなかったように記憶している。

ウトヤ島が狙われたのには明確な理由がある。その時この島では、労働党の青年部の党員たちがサマーキャンプで集っていたからだ。極右思想の持ち主である犯人は、左派最大政党である労働党の、しかもノルウェーの誇る「民主主義」の象徴ともいえる青年部を標的とすることで、自らの思想を世間に知らしめる狙いがあったのだ。

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映画の最後、カメラがオフになったあと、テキストで犯人の犯行思想が簡潔に語られる。しかしそれがまったく自分の中に入ってこない。この72分間に、540回の銃声と叫び声を聞き目の当たりにした圧倒的な「死」の衝撃をくらって、呆然としてしまっていた。

画面の前を離れがたく、椅子に身を沈めたままパンフレットを再読していたら、あるページで息を呑んだ。登場人物たちのバストアップが並べられているページだ。観る前は特に気に留めず素通りした。しかし観た後の今、私は彼ら一人一人を知っている。声や、仕草や、語ったこと、家族のこと。彼らの人格が立ち上ってくる。この作品はフィクションなのだけれど、実際の事件に遭遇した被害者たちにも、一人一人の人生があったのだ。それが突然実感させられた。この作品を通して、実際に起きた事件と自分の足元が地続きになった瞬間だった。彼らのご冥福を心から祈る。そしてまた、この事件とそれにまつわる様々なことについて、一人称の視点で考えていこう。

店長カトー

『ウトヤ島、7月22日』
監督:エリック・ポッペ
2019年3月8日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
配給:東京テアトル
Copyright © 2018 Paradox
http://utoya-0722.com/

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